通称「眼鏡の程」(1848年-1900年8月14日)
河北省深県の程家村に生まれる。幼少より摔跤(中国式レスリング)を好み、その技は非常に巧みであった。後に董海川祖師に師事し八卦掌を学ぶ。 正直な人柄で、真面目に練功を積み、悟性が高かった程廷華は、董海川祖師の好感を深く受け、その秘伝を得る。後に董海川の得意弟子の一人となった。 修練を終えた後、北京崇文門の外で武館を開き弟子を得る。当時、彼に学んだ者は数多く、その中には「神槍の劉徳寛」「単刀の李存義」など、当時の武術界において非常に有名な武術家もいた。また「孫禄堂」「李文彪」「馮俊義」などもその弟子であった。 程廷華の名と人柄を慕って訪れる一般の学生も多く、程廷華は自ら体得した八卦掌と董海川から授かった武功を広く彼らに伝えていた。 程廷華の武功は奥深く、その技は非常に優れており、八卦掌の発展に多大な貢献と影響を及ぼし、八卦掌の重要継承者となった。 彼の学んだ掌法が他と異なった為、後に八卦游身連環掌とよばれ、現在に至り程式掌法となる。 ■程廷華の正統な後継者:
程廷華の次男(1895年―1970年)
幼少より武術を好み、程廷華の教えを深く受け、家伝の八卦游身連環掌の基本功法を授けられた。 また幼少より日々練功する父(程廷華)のもとを離れず、程式八卦掌創始人である父の武功の風格“行如龍、発力如虎、換式如鷹”など、その卓越された身法の全てを心と身体に深く焼き付けた。 父である程廷華が死去した後、天津に住む兄の程有龍のもとに移り、さらに練功の日々を送った。武功は大いに高まり、同時に大槍の劉徳寛、単刀の李存義の武功の精華を得て自身の功夫を更に高める。
(1934年-2001年8月15日)
河北省清河県武家那村に生まれる。幼い頃に従軍中であった父を亡くし、その寂しさを紛らわす為、玩具代わりに刀や棒を振り回し遊ぶのを好んだ。 1950年、同郷の武術家 呉炳瑞に師事し、形意拳、八卦掌を学ぶ。(呉炳瑞は若い頃、軍閥の張宗昌の護衛に長年についていた。また程有龍と兄弟の契りを結び八卦掌を学んでおり、かつては河北形意拳の名手であった。また呉炳瑞は軽功に優れ、一飛びで六歩はある高い壁を越えることができ、人々に“六歩高”と呼ばれていた)
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